安くモーテル予約&レンタカー予約でアメリカをドライブして楽しむ情報
    
予約可能なモーテルとホテルを検索できるサイト<ホテズドットコム

紹介しているアメリカモーテルの件数が圧倒的に多いです。日本語サポートもあります。

レンタカーを日本語で最安値を探せるサイト<レンタルカーズドットコム

日本語サポートありの最安値検索&予約サイトで利用者が多いです。



またも時代を代表した役者さんが死去してしまいました。

左とん平さんは、あまり目立った人ではなかったかもしれませんが、とても味があって好きでした。英語も話せて、ラスベガスに出かけてレポートしてみたり、風貌からは相像できない多彩な面もあって、不思議にこの人がテレビに出てくるとなにか楽しかったです。

「時間ですよ」、「寺内貫太郎一家」、「ムー一族」などいろいろ出てましたが、若き頃の時間ですよの役どころは見ていて楽しかった記憶があります。

楽しい記憶をつくってくださってありがとうございました。

ご冥福をお祈りします。

今までいろいろおいしいところもブログに書いてきたけれど、サンフランシスコでおいしい和食の話。

正直いって、サンフランシスコに限らず、アメリカで和食を食べる価値はないかもしれない、と最近常々思います。何故かというと、とにかくレベルが違いすぎて、満足できるわけもないからです。

レベルということで味の話しもそうですが、なにせサービスも悪いです。日本で日本の情を感じるような店は、味と雰囲気とサービスをもって和食ということになりますが、アメリカでそういう和食には出会いません。

もちろん、ホテルなどのマトモな和食店にいけばそれなりにマトモな寿司などもあります。ですが、正直にいえば、それでもせいぜい日本のおいしい回転寿司のほうがよほど上等だと思うこともしばしばです。それなのに、値段は軽く200ドルや300ドルかかります。あほらしくなります。

日本の食レベルは本当に高いです。日本に帰って食べると、本当に感激します。それは和食だけじゃなく、おそらくほとんどのレストランの味はアメリカの平均以上です。

サンフランシスコはLAよりもマトモな和食は少ないです。これは私の感想ですが、LAでもたいしたことないのに、サンフランシスコはほとんどLAより劣ります。

じゃあ、いったい何を食べればいいのかってなりますが・・・。

サンフランシスコなら、ノースビーチでイタリアン、チャイナタウンで中華、フィッシャーマンズワーフで海鮮、このあたりでまとめておけばとりあえず日本では味わえない独特の味を楽しめます。各料理おいしいですが、それぞれクセはあります。ですが、その地域の味は出ていますので、旅行なら手っ取り早い選択だと思います。

個別のレストランなど、よい店はすでにいくつか紹介していますので、前の記事も参考にしてみてください。




今回の韓国でのオリンピックはやはり雰囲気が普通じゃない。

北朝鮮の突然の参加、寒くてどうしようもない環境、放映時間の極端なシフト、風で競技が左右されること、食中毒、裏で進行する反日活動、それに個人的に最大の異常さはなんといっても客席がガラガラで盛り上がりがまったく感じられないこと。

競技だけやっていて、観衆は本当にまばら。フィギュアスケート決勝でもガラガラだったオリンピックなんて見たことないし、スキージャンプなんて真夜中の競技で客はほぼなし。不気味な雰囲気がただようほどだった。

世界の人たちはこれをどう感じるのかはそれぞれだろうけれど、長年オリンピックを楽しんできた経験からすると、この異様な雰囲気はいままでありえなかった。


もうすぐオリンピックも終わるけれど、おそらくあまり記憶に残らないようなオリンピックになりそうだ。

唯一、少しばかり希望を言えば、最後のフィギュアのエキシビションでは、さすがに客がはいっていてほしい。客のいないエキシビションって、あまりに派手な冗談になるから。



エンゼルスの大谷翔平が練習を始めたらしい。

ことしは、おそらくロサンゼルス旅行の目的のひとつがMBL観戦になりそう。たしかに、いままでドジャースで前田もがんばっていたけれど、大谷と前田ではちょっと期待度が違いすぎるので、旅行の目的もドジャースじゃなくてエンゼルスになるというまるで下克上のような状態だ。

だけど、ロサンゼルスも今ははっきり言って、楽しいことがたくさんある街ではなくなった感がある。ドライブツアーは確かに今も楽しい。あれだけ車で走っていて楽しめる街、国は、やはりアメリカでありロサンゼルスならでは。素晴らしい。

でも、じゃあ他に楽しみってナンだ?

買物でロデオドライブに行くにしても、いまさら日本でいくらでもいいものは買えるし、ブランドならアウトレットも日本で充実してしまった。アメリカまで行ってサイズが違う洋服をかってもなにか面白くない。一昔前なら、アメリカでサイズが違うだぼだぼの洋服を買ってもなにか楽しかったのだけれど。

食べ物???
これこそ、ロサンゼルスで食べたいものなんてほとんどない。和食は日本の平均以下だし、少しおいしいものを食べるとバカ高い。和食に限らず、とにかく食べ物が高い。それでいて、間違いなく日本のほうがはるかにおいしい。あほらしくなる。

エンターテイメント??
映画も音楽も、わざわざLAやアメリカで見ても昔ほど燃えない。何故って、いいバンドも年取ってダメだし、新しいバンドも出てきてないし、第一、日本のコンサートのほうが面白い。同じミュージシャンを見るにしても、日本で見るほうがエキサイトすることもしばしば。アメリカだと観客がさわぎすぎて音楽どころじゃなく、うるさい。本当に音楽を聴きたいなら日本のほうがはるかにいい。

映画にしても、日本のほうが映画館もいいし、わざわざアメリカで見る気にもならない。というか、それほど見たいハリウッド映画なんて最近ずっと登場してない。駄作のためにわざわざ現地で見たくない。


ということで、個人的にはアメリカ、ロサンゼルスの旅は、大谷のピッチングとバッティングを楽しむこと、それと飽きずにドライブツアーをしながら旅をすること、ということになりそうかな・・・。




オリンピック中だけれど、またアメリカの学校で銃乱射があって17人死亡・・・、とのこと。

なにか、アメリカは末期的な症状になってきた。かつてアメリカが憧れの国だったころ(正直、今は憧れはないです)、そこまでひどい事件は頻発してなかった。でも、このような学校での銃乱射も今年だけで、つまり2ヶ月もたってない段階で18件になっているという。冗談じゃないと思う。

今、日本に来る観光客が、日本は安全で素晴らしいというけれど、アメリカ人あたりがそういう感想を言うのも当然かもしれない。日本で生活している我々日本人としては、その日本ですら危険になったなあと思うこともあるけれど、比較すればまだマトモだってことなんだろう。実際に、ひどくなった最大の理由は、外国人居住者が多くなって彼らが犯罪を犯すことなわけで・・。

オリンピックで、アメリカのショーンホワイトが日本の平野君にスノーボードで勝利していた。インタビューでは、高揚して話しをしていたし叫び声をあげてさわいでいたり。一方、平野君は落ち着いて冷静に・・・31歳と19歳、逆じゃないかって思うような光景だった。

考えてみれば、その昔、アメリカが憧れだった頃、そういう自由奔放な表現ができる個人主義に憧れていたものだ。でも、その結末が社会の乱れになったり犯罪になったりなわけだから、日本の調和の精神のほうが、よほど人間社会としては正しかったという結論が出てしまったように思う。

19歳の若さ、それもスノーボードをやってファッションも飛んでるわけだけれど、平野君のそれでもあの立派な冷静な受け答えには、日本の成功した社会の一面を見る思いがした。


戦場並みに荒れ果てた学校や社会を見ると、もうそこには憧れだった自由の国アメリカの姿は消滅したんだと思った。
不倫騒動から急展開で引退会見となったらしい。小室より年下だけれど、そう離れていない年齢だったので少し気になった。

事情はわからないからそれについての感想はないけれど、ただ最近小室哲哉って影が相当薄くなっていた。かつての栄華は遠く消え去り、今は年をとって往年の名前で出ている感じがいつも漂っていたからこうなるのも結局は時間の問題だったのかもしれない。

詐欺事件で罪となり、奥さんが倒れて、本人も病がちな時間が最近は多かったようだ。なにか、とても晩年に向かって不幸を背負ってしまったような印象すらある。

でも、なんといってもそうなっていった最大のきっかけは小室本人が作る音楽を世の中が必要としなくなってしまったからだろう。いくら自分で納得した音楽を作っても、世の中が興味を示してくれなくなった以上は、クリエイターとしての寿命は尽きてしまったとしかいえない。

僕は彼のファンではないから冷たい言い方かもしれないけれど、でも、それは僕の好きなアーチストであっても全く同じことだ。どれだけ才能があっても時代と共に求められる才能は変わっていく。それが時代。我々が熱狂したアーチストに、我々の子供の世代は熱狂はしない。


しかし、よく作曲とプロデュースという作業だけでここまで持続したという感慨もある。僕個人にとって小室哲哉のキーボードプレーは趣味でもなくて全く聞けなかったし、時々余興のようにトライしていたボーカルも本当に音程が外れていてミュージシャンとはいえないレベルだった。だからこそ、ミュージシャンの第一線ではなく、他にボーカルが必要で演奏も表に出ないでやっていたのだろう。そして、だからこそ、作曲とプロデュースで世に名を残したことは賞賛に値するとは思う。売れなくなって詐欺でつかまったのはあまりに大きなオチだったけれど。

TMネットワークという小室が最初にいたバンドの木根というギター奏者が、後になって実はギターはまったく弾けなくてただ手を動かしていただけだったと告白していたけれど、そんなテキトー極まりないバンドでもOKだった時代だからやってられたってこともあるのだろう。なにか胡散臭い雰囲気があったから好きになれなかったけれど、木根のそういう話を聞いたときはやっぱりとおもったものだ。

そんな勢いだけでやっていたバンド活動から、一時代をリードしたプロデューサーとなったのだから隠れていた才能を開花させたんだろう。


でも、時代と共に去っていくのは、彼がどうのこうのではなく、やはり寂しさは残る。僕らの時代はどんどん流れ去っていくということなんだろう。

お疲れ様でした。少し休んでよい余生を楽しんでください。


アメリカに旅に出て一番楽しみなことの一つが現地でブルースやジャズを聞けること。

これは、さすがに日本では無理なので、現地の本物の音楽を楽しめるときはちょっとワクワクする。ニューヨークならジャズだろうし、ロサンゼルスならフュージョンもいまだにライブ演奏が行われていて日本の死滅したフュージョンブームとは裏腹に静かでも絶えることなく今も継続しているのがわかる。ブルースも結構市民権は根強くあって、探すとさほど難しくなく毎晩どこかで生演奏があったりする。

ロックという巨大な音楽産業化したコンサートもいいけれど、ジャズやブルースというアメリカのいわゆる「民族音楽」はやはり素晴らしい文化であってなにか心が落ち着く。年取ったからかなあ・・・今ではさほど巨大なロックコンサートには出かけたいとも思わなくなった。


ところで、今、ダウンタウンの浜田が得ディーマーフィーに変装した黒人メイクが人種差別だってさわいでいる黒人が日本にいるらしい。それって、ものすごいアメリカ文化の押し付けだと思った。アメリカじゃそうなんだろう。でも、日本ではそんな差別意識さらさらない。だから、そういうアメリカの差別習慣を持ち込むなら日本に住まないでアメリカに住むべきだと思った。アメリカでなら、そういう議論は成り立つだろう。でも日本では、白人に変装するのも黒人に変装するのも差別や偏見はまったくない。白も黒も同じ変装でしかない。差別だとさわぐ人自身が差別意識に覆われているだけじゃないのか。

ジャズやブルースが僕は大好きだから、僕にとってはBBキングやマイルスデービスはある意味神格化した存在だ。では、僕がその憧れの人達に対してオマージュをささげるために真似してコンサートをやったら「黒人差別」になるのか?憧れや尊敬を表すことが差別になるのか?あほらしい。黒人だろうが白人だろうが、憧れは変わらない。

この差別問題を言い出したアメリカ人とて、おそらく幼少期や何もしらないときは、差別意識(差別される意識)などなかったのだろうと思う。生活の中でそういう差別を経験してしまったからそこに敏感になったのだろうと思う。ある意味、社会の歪みがそうさせてたんだろう。

しかし、そういう差別や歪みのない日本社会に、歪みの価値観を持ち込むほうが迷惑に感じる。どうしても、問題なら冷静に議論してから問題化すべきであって、一方的に日本が悪いという論調はおかしすぎる。

ひとつ感じることがある。

アメリカでしばしば、アジア人のつり目を真似して差別問題になることがある。アメリカで僕も目の前でそうされたこともあるので、現実におきるのは知っている。でも、そのとき「ああ、そういう風に見えるんだなあ」としか」思わなかった。差別されている意識なんてなかった。だから、その行為をした人間ともまったく不仲にはならなかった。

数十年もの時間を経て、今、その行為は差別として考えられているのを僕はしっている。だからもし今アメリカあたりでそうされたら、ああまた差別か、ときっと思うのだろう。

それは社会がそうなったということを知ったからだ。

社会に差別の意識がない時に、つり目でも黒人の変装でも白人の変装でも、僕個人は悪気を感じることはまったくなかった。それは今日本にいて、やはりそう思う。なぜなら、僕の周りの日本人で「黒人差別や白人差別」をしているひとなんてゼロだからだ。外国人と日本人の違いはあると思う。実際にマナーの悪さで困っている人も多い。でも、それは白人でも黒人でもアジア人でもなく外国人でしかないし、まして差別ではなくマナー違反やことなった習慣にたいする問題対処でしかない。

なぜ、黒人に変装すると人種差別になるのか、そんな差別文化がない日本人にはおよそ理解できないとやはり思う。もし、今後もそういう議論をこの在日アメリカ人が起こしていくなら、逆に日本に差別して考える文化が根付いてしまうかもしれない。

それがこの人のご希望なのだろうか。