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日々雑感

ここでは、「日々雑感」 に関する記事を紹介しています。

クイーンの映画が結構ヒットしているらしい。

どこかしらにたくさん隠れたファンがいるのだろうけれど、考えてみれば20年や30年前、いや40年前くらいからクイーンは結構な人気バンドだった。今でもあまり古くは感じないけれど、実際は40年も前にヒットを連発していたわけで、キラークイーンやボヘミアンラプソディなんてのも、実際はもう40年も前の曲なわけだ。

でも、いまだにクイーンの曲が生命力をもって聴かれているわけだから、やはり名曲を作り出したバンドってことで間違いない。

同じ名曲だらけのバンドでビートルズは別格としても、ふつうにビージーズ、ビーチボーイズなどのクイーンよりさらに10年くらい古いバンドになると、もうだんだん生命力を失っていって曲を聴いてもどことなく古さを感じる。レコーディング技術が格段に進化したころなので、今もきれいな録音で聞けるというアドバンテージがクイーンにはあるけれど、それでもなお、すごいことだと思う。

実は、こんなトピックを選んだのは、フレディ・マーキュリーの声にそっくりなミュージシャンがいて、それがあまりに昔を思い出させてくれたのが理由。

クイーン自体はもうあまり聞きたくなることもないのだけれど、この人の歌声を聞いていると、本当にフレディが生きていて歌ってくれているような嬉しい錯覚に陥る。そして、そんなワクワクを味わえることがなぜか嬉しい。

錯覚だから嬉しいのだろう。本家のクイーンを聞いても、終わってしまったという事実、フレディがいないという事実を確認することになり単に懐メロのような感覚にもなることがある。だけれども、このそっくりさんを聞いていると、その事実を忘れて錯覚が自分を支配してくれるわけだ。

この声には驚く。



日産のゴーンが、なんだかんだで80億円くらいピンハネしていたような報道だけれど、それに加えて、親に家を買ったり兄弟に金を払ったり・・・それで、そういう金のすべてが日産の利益から出ていたという話だ。

80億だか100億だかしらないけれど、とにかくその金が仮に日産から出てるなら、そこで働いている人にとってはやっぱり頭にくるだろう。コスト削減目的だとしても、ふつうは上層部は質素にしながらコストカットするのが会社の士気を維持するためには当然のことだ。

とにかく、日本の会社をダシにして自分だけ潤う。
ルノーもフランス政府もそういうことなんだろうけれど、日本からとにかくすきなだけピンハネして裏金もらって、挙句の果てに日本の陰謀だとか言ってるとか。

こんなことだから国際化とかグローバリゼーションなんてバカバカしいってこと。結局、欧米の連中がワルサをしやすくするための制度改革のようなもの。こんなの、もともと分かりきった話。

日産なんて本当に目に見えるたったひとつの例でしかない。
日本はずっとずっと搾取されてきた歴史なわけだ。
日本人はひたすら働いて、出た利益はどんどん海外に出ていく構造、これに気が付かないとダメなんだけど、気づいたところで変えることもできないかな。なんたって、そういう国だったんだから、今更変えるとまたまた日本は欧米のおいしい蜜を吸う国から敵国扱いされるから。

日本人は人を性善説にたってみるけれど、他国に行くとそうではないことがよくわかる。疑ってかからないと本当にひどい目にあうからだ。

外国人万歳、西洋人万歳でやってきた舶来品に弱い精神構造もそろそろ終わらないとね。





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ずっと犬が好きで、犬がかわいそうな状態だったりするとこっちも寂しくなったりしていた。数年前に捨て猫を森で拾ってきて育て始めたらだんだん猫にも愛着が生まれ始めて、今は犬も猫も大事な存在だ。

その昔、ニュージーランドに住んでいたころ、高速道路を車で走っていて目の前を行くトラックに近づいた。そしたら、荷台に積まれたぬいぐるみのような「ゴミ」が目に入った。少しはしっていると、それが「動いている」のに気づいた。

なんとそれらは生きている子羊だった。かわいい小さな子羊が荷台の中で隙間なく詰め込まれて、上下左右関係なくとにかくゴミのようにぎっしり力いっぱいに詰め込まれている状態だった。あまりにかわいそうで、そのトラックから離れるために自分の車の速度を落とした。その光景は今も、自分の中ではトラウマのような光景となって、離れようとしない。

ニュージーランドに行ってから、ラム肉は食べられなくなった。牧場で走る子羊や、上のトラックのような光景を見て、あまりにかわいい子羊が、生まれてわずか数か月の命の中でゴミのような扱いをされて「肉」になって終わっていくことが、どうしようもなく悲惨でかわいそうに思えてしまったからだ。

今は日本で生活していてもそれは変わらない。

そして、最近は時々ニワトリを育てているファームに用があっていったりするのだけれど、だんだんニワトリもかわいくてかわいそうで、もう食べられなくなった。とにかく、2年くらいの命しかないニワトリは卵を産むためにだけ育てられ、わずかB5サイズくらいの面積のカゴの中でだけ生涯を送る。生まれてきて、身動きすらできず、カゴの中で卵だけを産まされて、そして最後は肉にされてたべられて死んでゆく。これって、同じ命としてあまりに残酷じゃないか、と思えて仕方がなくなった。

だから、最近は卵は絶対に平飼い卵しか食べない。平飼い卵なら、ニワトリはカゴの中で産んだ卵ではなく地面を歩いている状態で産んだ卵なので、少なくともニワトリは死ぬまで動く自由だけはあったわけだから。

豚も牛も、実は飼育していると人間になついてくる。豚なんて、子供のころの姿などはかわいくてかわいくて命のすばらしさを感じるほどだったりする。

こういう姿を知ってしまうと、食べることなんてできなくなってしまう。命をもらって食べて我々だけは生きるということは、本当に大変なことなんだと今更ながら思う。かわいい姿、人間になつく心をもつ生き物を食べるために殺して、その肉を美食として味わって笑って飲んで宴会して、挙句のはてに食べ残して・・・こういうことができなくなってしまった。

人間も生きるためには肉を食べる。これは仕方がないのかもしれない。
しかし、そのために、我々は同じように一度しかない大切な命を毎日のように大量に殺してしまっていることもやはり忘れてはならないと思う。

動物愛護はひとそれぞれで感じ方も違う。
ただ、そんな命ある動物を大切に育てることもできれば、殺すことも簡単にできるのが人間であること。生き物の頂点に立つような存在である人間であるからこそ、やはり愛護の心は少しでも持ち続けないとならないとは思う。

なお、自分自身もこんな切実な感覚をもつようになったのは最近のことだ。ニュージーランドでラムを食べなくなったのはかなり前でも、他についてはあまり考えたこともなかった。年をとったのかもしれないし、動物に接する機会が増えたからなのかもしれない。でも、このことに気づいてよかったように自分では思っている。

今日の雑感、でした。


2020年にオリンピックがやってくる。東京オリンピックがかつてあった時に生きていた人のほうが今では少ないのではないだろうか。このオリンピックは、どうなるのか。不思議なくらい喜びもわかないけれど、不安だけは増大する。

ひとつたけいえることは、オリンピック期間中は日本中が外国人だらけになって、もう支離滅裂な状態になりそうだということ。おもてなしってのはいいことだけれど、それはお客さまとして珍しいからできることであって、うじゃうじゃやってきて自由奔放にふるまう観光客にまでおもてないなんてできるわけもない。

そろそろ、本当に観光客増加政策なんてのはやめるべきだ。昨日、出張で行った京都から帰ってきたのだけれど、もうガチャガチャだった。友人が宇治にいるので訪ねたら、「最近は宇治ですら中国人が店を出すようになって不調和が生まれてきた」といっていた。京都も日本の古都の面影はどんどんなくなるのは時間も問題だ。

平等院では、中国語や韓国やアラビア語などの言語がけたたましく耳にはいってきた。平等院にはいって楽しもうかと思ったけれど、入り口でやめた。もう雰囲気なんてぶっ壊れていて、日本人が藤原氏の栄華をしのんで平等院を訪ねるなんて気持ちにはとうていなれなかった。

終わった。

安倍首相、いったいあなたは何をそんなに自信をもって外国人労働者解禁に突っ走っているわけですか?

日本の会社が人手が足りなくて困るからですか。では、一般人の意見は聞きましたか?無視ですか?

いいたくないが、この人は日本を最初からぶっ壊そうとしてるのではないのか。最初から日本が壊れることをしっていて、外国人を入れて、TPPを受け入れて(それどころか先導して)、日本を国際化させるとかいいながらどんどん日本の文化をぶっ壊そうとしているのではないか。

先日、仕事で大阪や京都に行ってきた。東京も相当ひどいけれど、関西の要所もすでに日本の面影は消えていた。京都の先斗町や祇園においては、あれは日本のよき文化を眺めるただの観光ポイントのようになってしまっていた。舞子さんたちに、体当たりするように写真を撮りに行く外国人。中国人かとおもったら、なんのことない、西洋人も我先にカメラをもって舞子さんの顔の前で写真を撮る。人権なんてあったもんじゃない。

観光客ですでにこれだ。労働者がくるということは、滞在中にストレスもたまれば、金もなくなって困る外国人だって大量に発生する。そのとき、彼らは犯罪に走らないのか。

もっと言えば、彼らが家族を日本へよんで次世代へと進むにつれてどんどん民族は混在してくる。日本人の統一した礼儀、習慣、常識は、間違いなく崩れ去っていく。そして、いずれ日本はアメリカやヨーロッパのようになっていく。日本民族も存在する意味は違ってくる。日本という国に様々な人種が存在すれば当然、意味は異なってくる。

天皇はどうなるんだ。日本人の象徴として続いてきた天皇は、どういう存在になっていくんだろう。

これは、何十年も先の心配をしているのではなく、あと数年で起きることだ。

ひとつだけ、言えることは、もう安倍は絶対に信用しない。日本人だったら、こんな日本を好きになるわけがない。

ハングルとか中国語が多いそうだけれど、英語もあるようだ。

いい加減にしてほしい。結局、外国人観光客っていっても、ほとんどは他人の国に敬意もなく、たんに遊んで帰るだけということ。観光客が増えると好ましいようなニュースが多くて、テレビでは呆れるくらい外国人特集の番組だらけ。そして、日本をもちあげてもらって喜ぶ番組と視聴者。

なにか間違ってる。

文化を守るってことは本当に大変なことだ。日本の文化は2000年以上の時間を経て作られてきたのに、こういう観光客で一瞬に汚されていく。

もう、京都の竹林は立ち入り禁止にすればいい。そのほうが文化と風景を守れる。祇園もそうなったほうがいいんじゃないかな。

大阪の道頓堀なんてもうジャックされてるし、東京の銀座も同じこと。金を落としてもらって喜ぶのも悪い。だけど、外国人どんどん呼び込む政治も本当にいい加減にしてほしい。

日本は壊れていくってこと、気がつかないと手遅れになりそうにおもう昨今。


----以下、引用----

京都の代表的な観光地・嵯峨嵐山地域の竹林で、約100本の竹が刃物のようなもので彫られ、アルファベットやハングルなどの落書きが残されていることが17日、分かった。竹林を所有する京都市は注意を促す貼り紙を掲示しており、京都府警に被害届を出すことも検討している。

 竹林は、同市右京区の天龍寺の北側にある市所有の約3800平方メートル。この中の「竹林の散策路」と呼ばれる一帯が被害に遭った。

 市は平成27年、嵐山などで観光人力車を運営する法人に管理を委託。竹林に散策路を整備するなどして日中の一般開放を始めた。

 市によると、開放当初から落書きは散見されてはいたが、今年2月ごろから徐々に増え、4月に急増。中国語で「ここに来たよ」などの内容もあるという。

 運営法人の担当者は「人力車の引き手が落書きの現場を見たこともある。竹が傷つけられるのは非常に悲しい」と語った。イタリアから訪れたフランセスカ・サイさん(29)は「美しい風景が、このような落書きで台無しになるのは残念」と憤った。
大谷がエンゼルスで3試合連続ホームランとか凄いことやってる。

ある程度期待はしていても、ここまで凄いと漫画のようだ。とにかく、一般人にはこの能力は理解できないってことなんだろうと思う。大谷だけにしか自分のできることは理解できないから、外野がいちいち評価しても結局間違いだらけになる。

今まで、大谷に対して二刀流はダメだから、つまり絶対無理だからやめろとか、日本の野球をなめてるとか、さんざん批判していた方々はどれだけいたことだろううか。一般人ならまだしも、いわゆる一流と自負している野球人でも、さんざん批判していた。そいういう人達を大谷は行動だけで実証してきた。決して「自分にはできる」ともいわず、かならず成績だけで証明してきた。なんとカッコいい。

野村大監督、ホームラン王の王貞治氏、ダルビッシュ、大番長の清原・・・本当にどれだけの野球人が大谷を批判してきたことか。最近では張本が「あれはまぐれかメジャーリーグのピッチャーのレベルが下がったから」とか、もうピントハズレな嫉妬に満ちたコメント垂れ流してたし。

批判してるほうが、はっきりいって、ダセエ。自分には大谷の能力が理解すらできないと証明しているようなもの。自分ができないから、大谷に「そんなのできるわけないからやめろ」とか語るわけだろう。

でも、大谷にとっては、できるできないよりも挑戦したかしないかのほうが明らかに重要なんだろうとおもう。能力を使い切ってみないと後悔することを知っているだけなんだろう。だから、やりたいだけなんだろう。能力のない人間には、この心理は理解できないってことなんだろう。

どう考えても、ピッチャーだけに専念して25歳になってから渡米したほうがいいに決まってる。楽に巨額の富を手にできたわけだから。でも、それよりも挑戦を選らんだってこと。

おいおい、一流と自負している野球人の方々、もう少し「本物」を理解して応援する姿勢をもってみてはいかがだろうか。偉大な自分にできないことは他の誰にもできない、という理論が成り立たなくなってることはもう事実じゃないですか。自分より優れた才能を認めてあげる大人の心を持ってみてはいかがでしょうか。

大谷選手には、偉大なかたがたの批判に負けずにこのまま進んでほしい。
夢を追って失敗しても自分には後悔は残らない。いくら成功だけが手に入っても、全部を出し切らなかったら、一生なにかしらの後悔は残る。

大谷には、スーパーマンのような才能がある。それをどんどん成長させて出し切ってほしい。

少なくとも、ほとんどの野球ファンは応援しているって。