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旅行&なんでも情報

ここでは、「旅行&なんでも情報」 に関する記事を紹介しています。
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グアム島に並んで、かつては一大リゾート旅行地であったサイパンへの直行便が5月でなくなるらしい。

これには本当に時代の流れを感じるものがある。本当に1980年代から1990年代にかけては、週末にグアムやサイパンに遊ぶに出かける軽い感覚で行ける旅行が大流行していた。それがなぜこうなったのだろう。

グアムはまだ健在ともいえるけれども、それでも随分渡航者数は減ってきたようだ。


一番大きな理由は、サイパンがなにかアジアの島のようになってしまった影響も大きいだろう。かつては、異国のビーチという雰囲気もちゃんとあったけれど、今は中国・韓国を中心とした旅行者数が爆発的に増えて、なにかそれこそ中韓のビーチにでもいるような感覚すらあることもしばしば。

とうぜん、それに伴って街の景色も変わる。看板や店のスタッフなどもその影響は見える。


グアムやサイパンに限らず、太平洋のリゾート地は本当にアジア色が強くなった。あのハワイでも、かつてはほとんど日本人だけだったアジアからの観光者が、今は同様に中韓、タイ、フィリピン、台湾など、本当にアジアの国のオンパレードとなっている。

正直にいえば、一番うわっと思うのは、そういう現地で中国や韓国の大声ツアーにであってしまったときだ。レストランなどでは、もう凄い声で話しをするので、店中に中国語が響き渡ったりする。ハワイなどでゆっくり朝食を楽しみたいとおもって、ビーチサイドレストランにいってみても、そういう破局的な経験は何度もある。まして、バイキング形式の朝食で遭遇すると、戦争のようになってほとんど食事を取りにいけないことも何度かあった。自分もマナーを忘れて振舞えばいいかというと、やはりどうもそうも出来ない。体がそういう戦争のような状態に慣れていないのだ。

しかし、かつて1980年くらいから日本人が海外で多くなったころは、日本人はアメリカやヨーロッパから散々叩かれた。マナーがない、言葉が通じない、一流レストランでありえない行動をするなど、とにかく旅の異端児あつかいだった。正直、来てほしくない旅行者だったのだろう。


だから、今目の前で起きている現象を見ると、過去の我々とも随分共通するものすらある。


今は、エクスペディアなどの統計では、世界で一番好ましい(歓迎される)旅行者は、日本人らしい。フランス人、イギリス人、中国人などが逆に敬遠されているらしいけれど、なんとも不思議な結果だ。アジア人が嫌われてるなら、日本人とて嫌われて当然だけれど、フランスやイギリスなどのほうが嫌われるということは、いろいろと評価が変わってきたということなのだろう。

サイパンやグアムでも、一時は日本人が多すぎて現地では少なからず敬遠されたことがあった。でも、いまや観光局が日本人を呼び戻したくてプロモーションをしているらしい。嬉しくもあるけれど、本当に時代が変わった。


こういう状況を考えると、やはり今後旅の目的地は、そこにどんな人がいま住んでいて、どんな人達が旅できていて、どういう雰囲気になっているのか、ということまで考えないと、選べなくなったということなんだと思う。

かつて、フランスでパリに行けば、周りはほどんど白人で、その前にエッフェル塔が見えた。今は、そういう光景はない。




これは雑感です。

アメリカをドライブしていると、とにかく世界中の車に出会うわけですが、それでもやはり日本車の多さはさすがに目に付きます。アメリカで散々ドライブツアーを楽しんだので、アメリカ車、日本車、あげくに韓国車までレンタカー会社で提供されては乗りました。

それで、思ったのはやはりその中で日本車の安定感は抜群だということ。そして軽快な走りでガソリンも消費が少なく、乗ってしまうと他の車は乗りたくなくなるのも事実。

まあ、車は好き嫌いがあるので、それでもアメリカ車やヨーロッパ車が好きな人が多いのは別に趣味としてありえます。私の場合は、やはり日本車が一番良かったということです。



しかし、雑感として思うのは、日本車ってどうして人気があって購入しているのもアメリカ人なのに、トヨタやタカタのようにトンでもない被害がアメリカで発生してはバッシングにあうのかという不思議・・。

アメリカの車メーカーとしてはとにかく日本車には頭にきてるんだろうとは思います。

トヨタが、ブレーキでかつて一大リコールに陥って、社長は公聴会で散々ひどいこといわれてアメリカでは叩きのめされたこともありました。それだって、後になってから、ブレーキの事実は捏造情報だったってことになったわけです。つまり、トヨタは全くわるくないのに、莫大な被害にあったわけですが、ではトヨタが被害額を補償してもらえたかというとそれもありえるわけもなく、ああごめんなさい程度で終わり。

どこまで日本のメーカー、日本という国自体はアメリカから好きなように扱われているのだろうかと情けなくなります。

それは別に車に限ったことではなく、もっと根本的なことをいえば、アメリカは日本を同盟国ではなく植民地くらいの感覚で利用できるから仲良くしているという側面はやはりあります。日本は、親分の国になにも言えるわけもなく、大国と弱小国の力の差でしかありません。


だから余計に、アメリカで日本車が走っているのを見ると嬉しくもなります。こんな弱小国、植民地のような国民が、汗して凄い技術で作った車が、どれだけバッシング被害にあっても、一般人にはちゃんと購入されているという事実。本当に日本の製品は、勤勉でアホなくらい真面目な国民が作りだしているということに改めて気づきます。


アメリカは、ドライブして旅するといろいろな社会が見えてきます。日本人として旅して回ると、そこにはやはり日本がアメリカにとってどういう国なのか、アメリカ人にどう思われていいるのか、ということも、だんだんわかり始めてきます。

日本車よ、今日も元気にアメリカ大陸を走ってくれ!!



政治的なトピックはあまりすきじゃないのですが、これはやはり最近のサンフランシスコ、カリフォルニアを象徴する出来事だと思いますので、一応書きます。

朝日新聞が捏造記事を書いてそれがきっかけで中国・韓国がさわぎ始めた慰安婦問題ですが、1980年代には韓国だけが異常に反応して反日運動を繰り広げていました。それが今では、中国も加わって反日活動になっているわけです。

自国だけでやっているのではなく、今は特にアメリカを中心にこの像を作っては設置するというニュースがたびたび出てきます。


1980年ころのサンフランシスコは、中国人といえば中華街にいる昔からの移民が中心でした。韓国人にいたってはほとんど姿も見ないくらいでしたので、旅行にいくと同じような顔をして歩いているのはほとんど日本人でした。それらの日本人の若者は、一様に地球の歩き方を片手にもって歩いていたので、すぐに日本からの旅行者とわかりました。

そんな時代は遠い昔になって、今はこうしてサンフランシスコは憧れの街という側面だけでなく、反日活動も行われる街になってしまったようです。


サンフランシスコの中国人移民は今では20%を超えていていかに地元での巨大な勢力になったかがわかります。それはサンフランシスコだけでなく、ロサンゼルスでもそうですし、東海岸の街でもだんだん日本人の影は目立たなくなってきました。


今でも、アメリカに旅行にいくことを楽しんでいますが、こういう側面を見ると、戦後は終わったのではなく、また新たな反日戦後が復活するようにも思えます。おそらくこれらの反日団体は、活動をやめることもないのでしょう。メリットもあるからやっているのでしょうから、いくら平和や友好をもちだしても日本を嫌うことには変わりはないのでしょう。


サンフランシスコの市長も中国系になったからこうした一面があの街に芽生えたのだろうとも言われますが、それはおそらく事実でしょう。そして、大阪が40年(だったか?)継続した姉妹都市関係を解消すると発表したのも、結局は時代の流れとして受け止めないとならないのかもしれません。


それこそ、朝日新聞がいい加減な反日記事を書く前には、こんな活動はサンフランシスコにはありませんでした。もちろん、そして中国系移民が20%を超えるような時代になるまで、こんなことも起きませんでした。


確かに、日米の戦争での傷跡は大きく、アメリカとの戦争のわだかまりが緩むまでは相当時間がかかったと思います。もちろん、まだそれも完全に修復しているわけでもないです。

ですが、おそらく中国と韓国からの移民はこれからもアメリカに増え続け、このような活動は終わることもないのでしょう。むしろ、もっと活発になっていくのでしょう。歴史や事実なんて無関係に、日本を追いこもうとするのだろうと思います。


アメリカへの旅は、かつてのように明るいだけの側面でもないということです。現地に行って旅を楽しむのはまだまだ大いに素晴らしき側面はありますが、こういう一面がどこかでおこっていることも忘れないほうがいいでしょう。無駄なトラブルに巻き込まれないためにも注意しておくべきです。


70年も前のこと、それも史実として認められていないことをも、いまだに取り上げられるという過去の負の遺産もあります。しかし、今に目を向けると、日本には多くの海外旅行者が来ています。その中には、日本という国をとても好きになってくれる人もいます。

過去を清算するにはおそらく永遠ともいえそうな時間がかかるのでしょう。しかし、将来の日本の友人を作るなら今からでもまだまだ時間がありますし、手が届かないほど難しいことでもありません。

日本の今の真実の姿を好きになってくれる人をより多く持つことが日本が今後いらぬトラブルを避けることにもなると思います。



どれだけ努力しても嫌われるなら、自然に友好を育てられる関係を今は大切にしたいようにも思います。

しかし・・・本当に朝日新聞には困ったものです。





初めてアメリカにいって、右も左もわからない頃、1ヵ月くらいアメリカを転々とした。もう記憶すら遠くかすんでいるけれど、ひとつだけ今でも忘れられない出来事がある。

ブルース・スプリングスティーンのコンサートをロサンゼルスで見たこと。とにかく、感激してしまった記憶しかない。リバーというアルバムが出たときで、おそらく彼のキャリアでも最も輝いていたときだったと思う。

ロサンゼルスに着いて、あと5日くらい滞在して日本へ帰る予定だったから、本当に偶然ブルーススプリングスティーンのコンサートに出会えたわけだ。

サンセット通りのタワーレコードの横にあったチケット窓口まで行って、1枚だけチケットをかったのが今も宝物のように目に映ったことを思い出す。

まだまだ、当時の日本ではコンサートもさほど盛り上がらない静かなもので、ロックであっても立ち上がったりすることもさほど多くもなかった。だから、ロサンゼルスで見た(体験した)このコンサートはカルチャーショックなんていうものじゃすまなかった。

今もそうだけれど、日本の文化はやはり静の文化というか、あまり大騒ぎすることを好まない。それでいいわけで、その日本の文化が大好きなのは変わりない。だけれども、当時のこの場所で体験したのは、強烈な主張の文化のロックコンサートであってまったく日本とは逆だった。


ビデオの録音はこのLAでのとんでもなく凄いコンサートの模様。まさか、今になってその場の雰囲気を再体験できるとは思わなかった。 Youtube 凄い!


メチャクチャな刺激を受けて、日本へ帰る飛行機に乗るときに、このコンサートで9分10秒のあたりから始まる曲、Out In The Street をずっと心のなかで歌いながら帰国の途についた。

サビで観客が「ホ、ホホ、ホ」と歌う雰囲気に圧倒されて歓喜して若さが爆発していたのが今も思い出される。


自分の旅の原点はここだったんだろうと今も思う。




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移り変わるアメリカの風景



アメリカ、特にカリフォルニアは旅行地としては何度も行っているし、それなりに長い時間の変遷も見てきたような気もする。ロサンゼルスもサンフランシスコも、最初に訪れてからすでに相当長い時間が過ぎてしまって、今の街の風景は驚愕するほど変わっていて毎回訪れるたびに驚いてしまう。


店もどんどん変わるし、街の建物も変われば、整備されて開発されていく地域もめまぐるしく変化してきた。その中で、多くの人が絶対に変化に気づくのがやはり人種の広がり、移民の拡大じゃないだろうか。


初めてロサンゼルスに行ったとき、またサンフランシスコに行ったとき、アジアの国からの旅行者はほとんど(99%かな)日本人だった。なので、現地で日本人に会うのがいやだなあってすら思っていた。もちろん、チャイナタウンに行けば中国系はわんざかいたけれど、彼らは昔からの移民であって新しい移民でも観光客でもないので、ちょっと意味は違った。


それが、訪れるたびに人の顔つきがどんどん変化していって、イスラム系の人も相当増えたし、南米系はさらに増えてきたし、白人系でもカナダとかだけじゃなくてオーストラリアやニュージーランドのほうからも流れてきているようだし、特に東欧系の人たちはすごく増えてきた印象がある。本当にもうなにがなんだかわからなくなってきた。

変な話だけれど、こうなってきてしまったためか、今はアメリカで日本人に会うとほっとする。昔は会いたくないとすら思ったけれど、完全に意識が反転してしまった。


日本人移民、移住者の減少

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日本人街はロサンゼルスにもサンフランシスコにも昔からあったけれど、その規模はあまり変化がなくずっと維持されてきただろうか。少なくとも、拡大して凄い大きさに成長したとはいえない。

しかし同じアジアエリアでいえば、韓国人移民と中国人移民は激増してとっくの昔に日本人移民の数を上回っているらしい。実際に街をあるけば、韓国人・中国人は凄い数で目の前を通り過ぎていく。

中国人はあれだけの人口だから、海外への意識が拡大して出国者が増えれば一気にこうなるとは思っていたから、経済活動が活発化して世界に中国人が出て行くなかでアメリカもヨーロッパも中国人が増えたという事実には驚きもさほどない。ニュージーランドあたりは、完全に中国人しかいないようなエリアもどんどん形成されているくらいだし、そういう現象はヨーロッパでも起きている。


しかし、中国人と同じかそれ以上に凄い増加を感じるのが韓国移民だろうか。あれだけ人口も少なくさほど移民の歴史もない国でありながら、移民がまるで国家の流行になったかのようにアメリカにも他の世界にも韓国移民が一気に拡大していて、それはまだまだ終わることもなさそうだ。



自分の国と移民先の国、どっちがいいか?

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よく、アメリカ人やカナダ人と話をするときに、彼らに聞かれる質問がある。「何故、日本人は中国人や韓国人のようにアメリカやカナダに移民してこないのか?」という質問。これは、オーストラリアでもニュージーランドでも聞かれたこともあるので、世界的な疑問(?)なのかもしれない。


でも、、回答に困りながらも会話を続けると、彼らはみんな10分もすると納得し始める。

私自身の言葉の中に、日本を普通に愛する気持ちがわかるらしい。普通にというのは、大げさでもなく生活を続けていて問題をさほど感じないという意味であって愛国心だらけの国粋主義者という意味とは全く違う。

よく、アメリカ人にも他の国の友人からも、日本はここがダメなんだよとか悪い点も指摘されるけれど、私は別にそれに怒りも感じない。いろいろな意見があっていいから。実際に日本で生活しているのは自分であって、その自分がある程度幸福感があるなら他の誰がなんと言っても気にする必要もない。悪いことを言っている人はどうせ日本に来てまで生活なんてしないだろう。なら、そこで生活している自分がよければ、悪口があったとしても、「そうか、そういう点もあるならこれからだんだん良くしよう」とか前向きに考えていけば、それもかえってよい指摘でもあったりする。だからそれでいいわけだ。

で、そんな態度で話しをしていると、彼らはこういう結論になるようで・・・・

「お前は、つまり日本人は、自国に不満が少ないんだよ。それが自然に自国を好きなままでいられるわけだよな。だから、わざわざ好きなところを離れて他の国に永住・移民なんてする必要ないわけなんだな。そういうことだろう。わかったわかった・・・」

と、こんな感じだろうか。

でも、そのアメリカ人たちが追加するに、中国人も韓国人も他の国からくる移民も、多くは自国を異常なくらい強く愛しながらも自国の悪い面も強く感じていて、結局は天秤にかけると自国を離れてアメリカに来るほうがよい選択になった、ということらしい。

まあ、こういう判断をして移民する日本人だってもちろん結構いるだろう。
しかし、私(日本人)は、素直に自然に愛国心があるように映るらしい。
ちょっと嬉しい。

かたや特に韓国人は、異常に愛国心が強く、韓国に対する一言の悪口も許されない雰囲気があるとのこと。冗談でのマイナス情報すら受け付けないらしい。強烈な愛国者なんだろう。まあ、それは韓国人を見ていれば相像できることだけれど。



そんなことを言われて思ったことは・・・・我々日本人は日本を素直に自分の祖国として好きであって、それは当然のことだから他人に押し付けもしないし、他人から何か言われてもいいところもわるいところもすでに自覚してるので、いちいち怒っても意味ないこともわかてるってことかな・・・と。

日本は戦後さんざん海外から批判されてきたからなあ。批判にいちいち反応するほど愚かでもなくなったのかもしれない。ただ、ものすごい批判に耐えてきた分だけ知らぬ間に愛国心も深くなって、それは心の深いところに静かにいつも横たわっているようなものになったような気がする。



日本がいいから移民はしないのかな・・・・

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その昔はアメリカに永住権をとって移民したりするのは、かっこよくて憧れてみたりするってことも多かった。まして島国に閉じこもってた時代は、海外に移住なんてカッコいいに決まってた。若者はどこかしらそういう気持ちはあっても当然だと思う。

ただ、時代も変わった。外国人なんて東京でも大阪でも京都でも、果てには田舎の町でもいまや簡単に見つかる。そういう国際化してしまった今は、日本という国について、良し悪しを素直に眺められるようになったような気もする。

海外からの旅行者が悪い態度で目の前にいたりすれば、ああ困ったなあって思うわけで、そうなると海の向こうはすべてカッコいいという概念はどんどん変わってゆく。海外からの情報がどんどん増えたから、日本と海外を対比してながめるようになったのもあるのだろうなあ。

なんだかんだいって、今は多くの日本人は日本がすきなんだと思う。好きなところを永遠に離れるなんてのはちょっと無理なんだろうと思う。



外国人が日本をほめるようになった?

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本当に、初めてアメリカに行ったころ、またハワイで働き始めたころ、ニュージーランドに住んでいたころ、私自身、日本がほめられたことなんて正直1度もない。日本人は働きすぎで、思考が単一的で、笑顔もなく、英語も出来なくてなに考えてるかわからないし、裏表があって・・・・こんな批判は何度聞いたかわからない。

不思議なのは、こういう批判が今は本当に消えてしまったこと。もちろん、いまだに言われることもあるだろうけれど、その回数たるや9割くらい減ったんじゃないだろうか。昔は批判90%、今はほめ言葉90%、正確にはわからないけれど、海外で人と付き合っている実感としてはこれくらいの差を感じる。

むしろ、海外の人が日本を尊敬している面が凄い多い。日本人の静かで優しい一面・・・これって昔ははっきりものも言わないから何考えてるかわからんって大批判されてたことだけど・・・今は、それがほめられるわけで・・。こんな逆転現象が完全に起きてしまっているように思う。

実際に、日本にやってくる旅行者も多すぎなんじゃないかとすら思うし、まして、日本に住みたいとか永住したいって外国人も何でこんなに増えたんだろう・・・不思議でならない。



ということで、結論


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日本は日本人にとってはいい国なんだと思います。だから、移民しなくても問題なんてないんです。もちろん、小さな問題はどこの社会にもあります。しかし、日本を離れるよりもその好きな日本で皆ともっといい国を目指すようにがんばっていく価値もあると感じる国が日本なんだろうと思います。

私も、ハワイやニュージーランドに住んで、最初はそのまま永住しようかとか考えたこともありました。でも、今は観光客として行く外国が好きであって、自分が帰ってくる場所は日本なんだなあって思います。

アメリカへ移民や永住はもう考えなくなりました。

こういうlことなんですね。




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ダルビッシュが2回で崩れ落ちてしまったワールドシリーズ第7戦。ちょっとつらかったなあ。


しかし、ダルビッシュと前田の活躍でまたまたドジャースに注目することになりました。思えば、メジャーリーグに全く興味がない時代に、あの野茂が出て来て一気にメジャーリーグが身近になったわけです。そのときの興奮は、今のダルビッシュやイチローや松井の活躍どころじゃなくて、なにかそれまで眠っていた日本人の魂がさわぎ始めるような感覚になりました。


ずっと日本人は冬の時代だった


日本人って、最近、海外からの旅行者などが日本をほめてくれるのでとても嬉しくなってますよね。そんな番組もやたら多いし。いつまでもそんなのやってると逆にカッコ悪いのでそろそろそんなの気にしないでまたわが道を行くべきだと思います。

ですが、少しはその気持ちもわかります。日本人は自画自賛なんてできない文化に育ったわけです。自慢や自讃はなにかダサいっていう感じありますね。

まして、教育でも近代史は日本が悪役であるという教育なので、いつでも反省して生きてないとダメと思うわけです。メディア(新聞、テレビ)でも、日本はいつも謝罪している印象で、ダメな国っていうことしか報道されませんでした。まして、朝日新聞のように嘘まで報道する始末(他も嘘だらけの報道マジで多いですが)。

そんな中で、他の人、特に外国人にほめてもらえるなんて誰も考えてなかったわけです。外国人なんて、みんな日本を見下していて、働きすぎだとか意見を言わないで本音とタテマエが違うとか・・・まあ個性がないとか散々言われてきました。だから、いまさらでもほめてもらって初めて日本人として素直に嬉しかったんだろうと思います。

外国人が日本の曲をカラオケで歌ってるテレビ番組で(のど自慢ワールド・・だったかな?)、審査員の演歌歌手が「日本の歌、好きになってくれてありがとう」って泣いてた。そこまで、なんですよね。年をとった人ほど、卑屈に育ってしまってたんでしょうね。

だから、ほめられて喜んでる番組ってのも少しはわかるわけですけど。



そんな時代の中で、野球だってずっと日本の野球なんてお子様野球でアメリカになんて太刀打ちできるわけないって皆思ってたわけです。江川だって野村だって、本当にテレビでそう言ってたのでよく覚えてます。江川にいたっては、野茂は通用しないって本気で断言してましたから。(後で謝罪してますけどね)


ドジャースは日本人が目覚めた象徴かな・・・


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だから、ドジャースで野茂が活躍したとき、今どころじゃなく国民全員がなにか体験したことがないような純粋な喜びを感じだと思います。ああ、日本人でも通用することがあるんだ・・・っていう、ものすごい驚きと喜びです。

野茂って、あの当時の世代の人間にとっては完全なヒーローでしたね。私は特別野球が好きなわけじゃないのに、今でも野茂の活躍を思い出すと胸が熱くなります。

ドジャースって、そこから日本人の心に特別な球団になってしまったような気もします。野茂が活躍して、それを実現させてくれた球団・・・・少なくとも私の中ではそんな象徴的な思い出になっています。

だから、今回のダルビッシュの活躍も(ダメだったけれど)、やはり純粋に嬉しかったですね。

そしてやはり不思議に、ドジャースのユニフォームを着たダルビッシュは、レンジャースのユニフォームのときよりもすごく似合うなあっていうか、カッコいいと思いました。きっと、野茂のときからのイメージがあって日本人プレーヤーとドジャースがいい意味で自分の中でダブってしまうのでしょう。ドジャースのユニフォームだと、なにか希望や明るさ未来への夢のようなものまでダブってくるのです(あくまで自分だけでしょう、きっとこれは)。

だから、ドジャースは永遠にカッコいいと思ってしまうのかもしれません。いくらダルビッシュが惨敗しても、野茂が見せてくれた美しさが消えていかないでそのまま今のダルビッシュに投影されてしまうのでしょう。それは、やはりヤンキースやレンジャースにはやはり感じないのですが。


だから、ダルビッシュ!

来年またドジャースで投げるなら、来年こそ勝って勝って勝ちまくってほしい。野茂のときの興奮をまた少しだけでいいから見せてほしいなあって、そう思います。

負けるな、蘇れ! ダルビッシュ!


ドジャースタジアムへのドライブ案内リンク



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昨今、日本では魚が取れなくなってきているらしい。鮭、秋刀魚、さば、マグロ、あげくにカツオまで記録的な不漁が続いているということ。日本人の食はこれからどうなるのだろう。


アメリカやカナダ、ヨーロッパなどを旅するとものすごく食生活が変わってきたことに気がつく。西洋人がやたらと魚を食べるようになったということ。

20年くらいまえ、ましてそれ以前となると、日本人が生で魚を食べるというと本気でグロテスクで変態扱いされた。本当に、変な目で見られて野蛮人、未開の国の人間というイメージで見られた経験など何度もある。

それがいまや、和食はアートであり、刺身や寿司は一流の食品・料理として完全に認知されてしまっている。よって、一流のかたがたが喜んで寿司を食べ気取ってすし屋で会話をする時代になっているわけだ。


魚を消費する速度は世界値でみればここ20年位で数十倍になっているのだろう。そのためか、魚はどんどん不漁になり、温暖化だの気候変動も手伝って、これから先もうどうなるかわからないってことなんだろう。



子供の頃、刺身でマグロやカツオが出てくるともうやめてくれという気持ちになった。食べ飽きていたのだ。でも、貧乏な過程だったので刺身といえば、そのころ値段が一番安いマグロしか毎回食べられなかったわけだ。今じゃ考えられない贅沢なんだろうけれど。

秋刀魚ももういいやっておもったし、サバなんて食べ過ぎて嫌いだった。カツオも冗談じゃなかった。鰹節で毎日おにぎりを食べさせられていたから、カツオなんてうんざりだった。

でも、今は変わった。すべてが過去と異なる。


近い将来、鰹節も食べられない日が来るのだろうか。サバや秋刀魚が、高すぎて買えなくなるのだろうか。鮭が高級すぎておにぎりにも入れられなくなるのだろうか。


考えてみれば、うなぎもそうだったわけだ。同じことを繰り返していったら、本当に僕たちの食生活は崩壊してしまいそうだ。